トップページヨミモノエコシステムの意義と可能性

2020.5.29

東京都は、世界中のグローバル企業や高度人材及びスタートアップ等が都内で活動し、様々なコラボレーションを行うことで、社会的課題を解決する新しいイノベーションが生まれ続ける都市を目指し、エコシステム(※)の形成を軸に、都内におけるイノベーションの活性化、スタートアップ企業の成長と起業促進、先進的な技術を有する外国企業誘致の取組を進めています。
本特集では、「共に創り、加速させる東京のエコシステム」をテーマに、東京のエコシステムとそれを取り巻く諸環境について、メディア・スタートアップ・大学といった多様なプレイヤーの方にお話を伺い、東京のエコシステムの展望を語っていただきました。

  1. スペシャルインタビュー:エコシステムの意義と可能性
    『WIRED』日本版編集長 松島倫明氏
  2. パネルディスカッション①:スタートアップは「東京」に何を期待しているか
    パネリスト:
    多田智裕氏 株式会社AIメディカルサービス 代表取締役会長CEO
    伊藤祐一郎氏 株式会社Finatextホールディングス 取締役CFO
    笹木隆之氏 株式会社TBM執行役員CMO
    モデレーター:
    中馬和彦氏 KDDI株式会社 経営戦略本部ビジネスインキュベーション推進部長
  3. パネルディスカッション②:「大学」はスタートアップといかに連携すべきか
    パネリスト:
    川原圭博氏 東京大学大学院工学系研究科教授
    中村雅也氏 慶應義塾大学医学部教授
    朝日透氏 早稲田大学理工学術院教授 / WASEDA-EDGE人材育成プログラム事務局長
    モデレーター:
    那須もえ氏 アクセンチュア株式会社公共サービス・医療健康本部マネジング・ディレクター

※エコシステム:ベンチャー企業や大企業、投資家、研究機関など、産学官の様々なプレイヤーが集積または連携することで共存・共栄し、先端産業の育成や経済成長の好循環を生み出すビジネス環境を、自然環境の生態系になぞらえたもの

エコシステムの意義と可能性

スタートアップを育てるために必要なこと、イノベーションに果たす公共セクターの役割、東京が目指すべきものは何か?冒頭スペシャルインタビューとして、米サンフランシスコで創刊され、25年以上にわたり“テクノロジーによって、生活や社会、カルチャーまでを包括したわたしたち自身の「未来がどうなるのか」”を考え続けているメディア『WIRED』日本版編集長の松島倫明氏に、「エコシステムの意義と可能性」について伺いました。

special_interview_1

松島倫明氏 『WIRED』日本版編集長

〇インタビュアー
那須もえ氏 アクセンチュア株式会社公共サービス・医療健康本部マネジング・ディレクター

スタートアップを育てるために必要なこととは

那須
今日はエコステムについてお話をうかがいたいと思いますが、最初に松島さんの活動についてご紹介いただけますか。

松島
私自身はずっと書籍の編集、特に翻訳書の編集に多く携わってきました。海外のいい本をいち早く見つけて、日本で紹介するという仕事をしてきたわけですが、その中で一つの軸になっているのが、「テクノロジーがどう社会を変えていくのか」です。2000年代になってからデジタルによる社会変革が進み、海外で本当に重要な本が数多く出版されるようになりました。

那須
『WIRED』日本版の編集長に就任されたのはいつですか。

松島
2018年です。それまで、US版『WIRED』編集長の本の邦訳を手掛けたことなどもあり、そのご縁で編集長を引き受けることになりました。私自身は文系で技術のことに特別専門性があるわけではないですが、単に技術の最先端や、新しいサービスとかアプリを追いかけるのではなく、「技術進化が人間の社会やカルチャーにどんな影響を与え、どう世の中が変わっていくか」に興味を持っています。

那須
『WIRED』はいつ創刊されたのですか。

松島
1993年にアメリカ西海岸のサンフランシスコで創刊されました。創刊当初から「デジタル革命がカルチャーとライフスタイルをどう変えるか」をテーマにしてきました。創刊の辞には「これだけ情報が錯綜する時代において、究極のラグジュアリーとは意味と文脈である」と書かれていています。当時はインターネットがまだ普及する前ですが、その時点ですでに「情報があふれている」と私たちが感じていたことに改めて気付かされます。だから情報を単にとるのではなく、その情報がどういう文脈で読まれるべきなのか、カルチャーやライフスタイルの中でどういう意味を持つのかを常に読み解いて、提示することを『WIRED』は目指してきました。

イノベーションに果たす公共セクターの役割は大きい

那須
松島さんが日本のスタートアップに伝えたいことはどんなことでしょうか。

松島
『WIRED』はサンフランシスコで27年前に創刊され、いわばシリコンバレーのエコシステムの中で育ってきた唯一のメディアだと言えます。創刊25周年のイベントでは、GoogleやMicrosoft、アマゾンのCEOが参加してくださいましたし、ビル・ゲイツ氏もビデオで参加してくださいました。
だからこそ申し上げたいのは、シリコンバレーのイノベーション神話は嘘であることです。つまり、「シリコンバレーで数々のイノベーションが起こるのは、リバタリアン(自由至上主義)的な気質を持ったスタートアップの人たちが、政府の規制を受けずに自由に創意工夫を重ね、それを支えるエコシステムがあったからだ」というストーリーは、実際とは異なります。

special_interview_2
『WIRED』日本版編集長 松島倫明氏

たとえばiPhoneはたった十数年で世界をこれだけ変えたわけですが、iPhoneが持っているコンペティティブな(競争力のある)技術のほとんどは、もともとアメリカ政府が研究機関の中で開発したものです。ですから、アップルがiPhoneを開発できたのは、公共セクターの役割が大きかったと言えます。そのことを、私たちもいったん立ち止まって考え直すべきだと思っています。イーロン・マスクが立ち上げたテスラやスペースXにしても、国から莫大な補助金を受けることで、そうしたイノベーティヴな事業を牽引しています。スタートアップのエコシステムをつくるときに語られがちなのは、「民間セクターが創意工夫して公的機関はそれを邪魔せず支援するのが大事」だというものですが、大きなリスクを取った投資は、民間セクターではますます難しくなっています。公共セクターが果敢に大きなリスクをとって研究開発したものが民間セクターにシェアされることで、結果的に大きなイノベーションが起こっている。エコシステムを考える際も、メインプレイヤーとアシストに分かれるのではなく、もっとフラットな関係性ができるといいと思います。

special_interview_3
松島氏が編集長を務める『WIRED』日本版(左)と、松島氏も影響を受けたマリアナ・マッツカート著『企業家としての国家』。イノベーション主導の経済成長を実現するために国が果たすべき役割が指摘されている。

さらに言えば、東京都がスタートアップを支援すると言っても、どんなスタートアップなのか、何のためのエコシステムなのかというところまでしっかり踏み込むべきです。海外の各都市で次々とエコシステムが生まれ、そこから10年も20年も遅れてスタートアップ・エコシステムを立ち上げるのであれば、「海外の成功事例をコピーするだけでいいのか」を厳しく考える必要があるでしょう。スタートアップの数を増やし、ユニコーンを目指すのも大切でしょうが、すでに日本の企業も海外のユニコーンに投資するような横断的なエコシステムがある段階で、なぜ日本からユニコーンを生む必要があるのかを考えなければ、東京都がエコシステムを立ち上げる意味がないと思います。

那須
いま、フラットな関係とのお話がありました。最初のトリガーを誰が引くか、そこに行政がどう携わっていくかは大きな問題だと思いますが、いかがでしょう。

松島
東京にエコシステムをつくるのであれば、まずは東京都が大きなビジョンを掲げて、そこにローカリティゆえの独自性やコンピタンスがなければいけません。単に民間に任せるだけでは、今まで通り海外からコピーしたものを持ってくるだけで、海外から見るとまったく魅力がありません。 東京が固有に目指していくものを大きなビジョンとして吸い上げて、「この分野を開発してくれる人たちには大きな資金を提供する」と明言する。ビジョンや大きなリスクをとる姿勢を見せる必要があると思います。エコシステムは何か目的があって生まれるものであって、エコシステムをつくることが目的ではうまくいきません。

東京は何を目指すべきか

那須
海外の投資家などは日本のスタートアップをどう見ているでしょうか。

松島
海外の投資家からは、日本のスタートアップの状況がわかりにくいと言われます。その意味では、エコシステムにとって最も重要な役割のひとつが、情報発信を担う主体だと思っています。おそらくスタートアップに必要な技術はすでに大学や研究機関にはあって、でもそれをどう社会実装していくかが課題になっている。その際に、それが社会にとってどういう意味をもち、どんな未来を創造するのかという文脈を発信し、社会とコミュニケーションをとることが大切になってきます。いまのイノベーションの最前線は「ルールメイキング」だと言われます。社会の急激な変化やテクノロジーの示す可能性を捉え、それを既存の法体系の中に押し込めるのではなく、ルール自体をイノベーティヴにつくり変えていくことが、いまやスタートアップ・エコシステムに必要な役割であり、行政がイノベーションの主体である所以でもあります。

special_interview_4

那須
東京が取り組むべきテーマとしてどんなものが考えられるでしょうか。

松島
これからの10年は、都市においても環境危機にどう対処していくのかが、待ったなしで問われます。加えてパンデミックによって、人が集積する都市の在り方そのものが再考されなければなりません。それを、世界でも最も人が集積したこの東京から問い直し、積極的にオルタナティヴな可能性を追求し世界にアピールするのもいいと思います。こうした問題に特化したスタートアップを支援し、東京というフィールドを実験区にして海外のスタートアップも呼び込んでいけば、この東京のエコシステムが、先行する海外のスタートアップ都市の間でも存在感を高めるのではないでしょうか。